マチュピチュ展、土器たち

今回は、「マチュピチュの出会いと古代アンデス文明」展に行ってきました。

12月3日から25日まで、横浜みなと博物館にて開催されています。
ボリビアのお隣、ペルーにあるマチュピチュに関する展示と、古代アンデス文明出土品の土器や織物が展示されていました。
写真左の土器は、2,3000年前の土器で、実は笛になっています。杯になっており、お酒を飲むたびに音がなっていたとか。当時から音楽に溢れていたことが分かります。
そして、なんと実際に吹いていただきました。館長だからできることだそうで、他の土器も音色を聞かせていただきました。こんな体験的な博物館は初めてで驚きました。
実は、この土器の笛が当時のスペインに持ち帰られ、そこからオカリナができたそうです。ボリビアのサマイパタにある世界遺産の周辺にもオカリナのような笛が売っていて、なんでこんなところに?と思っていたので、理解が深まりました。

 

さて、展示会ではマチュピチュについても話しが聞けました。
驚いたことに、マチュピチュ村の初代村長が、なんと野内与吉さんという日本人だったそうです。
マチュピチュ村は、マチュピチュのふもとにある村で、遺跡にいく拠点になっている村です。
そのような村に、水を引いたり電気を通したり、色々な形で村の発展に尽くして、住民の大きな信頼を得て村長になった日本人が居たとは知りませんでした。
また、太平洋戦争中に連合国側だったペルー政府が日本人を探しに、マチュピチュ村まで来た際は、村人たちが自らの危険を冒してまで彼を守ったそうです。
村の人々の想いや、野内さんがそれまでしてきたことを思うと、堅い友情、人情を感じ、そこに国の違いなどないのだと思い知らされます。
当時、人知れずそのような功績を残した日本人が居たことに、同じ日本人として誇りを感じます。
私がマチュピチュに行った際は、そうとも知らず通り過ぎただけだったので、今となっては後悔です。
展示会では、そのお孫さんに当たる野内セサル良郎さんが説明してくださり、現在は日本マチュピチュ協会を立ち上げ、活動しているそうです。
私も、南米と日本を繋ぎ、共に発展していくよう、尽力していきたいです。